
こんにちは。&しゃしんかんの中祖直子です。
ご報告が随分遅くなってしまったのですが、昨年11月22日、
保土ケ谷区の天王町・星川エリアにある星天qlayのシェアハウス「YADORESI」で開催された
「リビングトーク 〜変化を楽しむ語らい場〜」に登壇させていただきました。
持ち込み企画から生まれた対話の場
今回の会場であるYADORESI(ヤドレジ)を運営するヤドカリのコンセプトは、
「変化を楽しむ人」です。
この言葉を、コミュニティビルダーであるのりさんとの会話をきっかけに、
少し違う角度から考える時間が生まれました。
障害のある人にとっては、
“変わらないこと”が大切な場合もあります。
同じ環境だと安心して過ごせる人。
変化が苦手で、不安を感じやすい人。
もし周りがそのことを知っていたら?
変化するのは、障害のある人ではなく、
まちや、周りの人のほうだったら?
それを知っている人が少しずつでも増えることで、
誰にとっても心地よい場所が生まれていくのではないか。
そんな優しい対話から、この企画はスタートしました。
今回はゲストとしてお声がけいただいた形ではありましたが、
もともとは私自身の持ち込み企画でもありました。
障害のある息子のことを、地域の方々にどう伝えていけるのか。
普段は写真や言葉を通して届けている想いや経験を、
今回は“対面で話す”という形で共有する時間となりました。
当日は、子育て中の方や、同じように障害のあるお子さんを育てている方、
地域で活動されている方、そして初めて出会う方など、
さまざまな立場の方が参加してくださいました。
一方的に話す講演ではなく、
司会進行をしてくださったコッシーさん、のりさんとの対話を軸に、
参加者の皆さんと一緒につくる時間になっていたら嬉しいです。
自分の持っている「特権性」について知るということ
当日はまず、「自分ごと」として考えてもらえたらという思いから、
自分の持っている“特権性”についてのワークを行いました。
前提として、
「普段の生活の中で、ひとりで、または家族と過ごす場面」
を思い浮かべてもらいます。
◆ 生活の自由度に関する質問です。
いくつ「イエス」があるか、数えてみてください。
・外食に「行きたい」と思ったとき、特に準備なく行ける
・階段しかない場所で、困ったことがない
・トイレの種類(多目的トイレの有無)を気にしたことがない
・行きたいイベントやお店について、「バリアフリーかどうか」を事前に調べなくてよい
・病院などで「受け入れてもらえるか」を心配したことがない
この「イエス」の数が、そのまま“持っている特権”の数になります。
私を含め、障害のあるお子さんを育てる親の多くは、
これらの特権をほとんど持っていません。
けれど、息子が生まれる前の私は、
このすべてに「イエス」と答えていました。
自分がすでに持っているものがあるということ。
そしてそれは、本人の努力とは関係なく“持っていない人がいる”という事実。
そのことを知ってもらったうえで、
今回の対話をスタートしました。
対話の時間
のりさんやコッシーからの質問に答える形で、
息子が小さかった頃のことや、どんな思いで子育てをしてきたのか、
医師からの告知を受けたときのこと、
そして救われた言葉など、
その時々の出来事や気持ちをお話しさせていただきました。
皆さんが、思っていた以上に真剣に耳を傾けてくださり、
とても嬉しく感じました。

その後、参加者がいくつかのグループに分かれ、
それぞれの感じたことや日々の経験を言葉にしました。
その中で、障害のある子を育てる保護者の方から、こんな声がありました。
子どもが騒いでしまったときや、
周囲に迷惑をかけてしまったのではないかと感じる場面で、
「大丈夫ですか?」
「何か手伝えることはありますか?」
と声をかけてもらえるだけで、とても救われるということ。
私自身も、同じように感じています。
特別な配慮や難しいことではなく、ほんの一言の声かけが、
安心してその場にいられるかどうかを大きく変える。
そんな小さな関わりが、地域の中で増えていくと嬉しいと、改めて感じました。



障害受容についての問い
また、対話の中で、
私が、「自分は息子の障害を受容できているので」と発言したことをきっかけに、
参加者の方からこんな質問をいただきました。
「障害を受容する、とはどういうことですか?」
その場では、正直なところ、うまく言葉にすることができませんでした。
「息子の障害を受け入れて、未来のことを考えられるようになった…?でしょうか。」という
あまりにも適当な回答をしたことに猛省をしながら、
その問いは、あとからもずっと心に残り続けていました。
ちょうどその後、
NPO法人難病のこども支援全国ネットワークが開催するピアサポーター養成講座を受講する中で、
「障害受容」について改めて学ぶ機会がありました。
そこで印象的だったのは、
「受容」をゴールにしてはいけない、という考え方でした。
家族が経験する心理的なプロセスは、
ひとつひとつが“適応の過程”であり、
一直線に進んでいくものではありません。
「障害受容のらせん状モデル」と呼ばれ、
人は段階を一度きりで乗り越えていくのではなく、
行きつ戻りつを繰り返しながら、少しずつ向き合っていきます。
そしてそのプロセスの隣には、常に「慢性的悲哀」がある、ということ。
悲しみは消えてなくなるものではなく、
ふとした出来事や環境の変化をきっかけに、何度でも顔を出します。
人生の中に、常に内在し続けるもの。
親は、その都度課題に向き合いながら、
行きつ戻りつを繰り返し、
「それでも日々折り合いをつけていく。」
それが「受容する」ということなのだと、学んだのです。
私は、その講義を聞きながら、
思いがけず、涙が止まらなくなってしまいました。
息子の障害を受容したから大丈夫。
これからは前を向いて、未来のことを考えていかなければならない。と、
いろいろなことが進んでいく中で、 どこかずっと、
気を張っていたのだと思います。
でも、悲しんでもいいのかと。
それは当たり前のことなのかとそう思えたとき、
ふっと肩の力が抜けたような、ほっとした気持ちになりました。
食事がつないでくれた時間

当日は、おかむら笑店さんにご協力いただき、
とっても美味しいおにぎりとあたたかいスープをご用意いただきました。
おかむらさんも、重症心身障害のあるお子さんを育てるお母さん。
農業と食を通じて地域とつながりながら、
障害の有無にかかわらずそれぞれの頑張りを称賛し合える場所創りを目指して
活動されています。
同じ地域の中で、こうした素敵な活動を続けられている方と
同じ場をつくれたことにも、個人的に大きな意味を感じています。
美味しい食事を囲みながらの交流は、
「対話とはこういう時間なのかもしれない」と感じる、
穏やかなひとときでした。



お二人に感謝!
私にとっての写真館活動は、“大がかりなピアサポート”
友人に、私にとっての写真館活動は、
「大がかりなピアサポートだね」と言ってもらったことがあります。
そう、それが私のやりたいことなのだと思いました。
写真を撮ることにハードルを感じている、
障害のある方やご家族。
日常の中で、たくさんの気を張りながら過ごしている方。
そんな方たちと出会い、同じ時間を過ごす中で、
想いを分かち合いながら、
私自身も多くのものを受け取っています。
一方的に“支える”というよりも、
お互いに少しずつ、ほどけていくような時間。
その中で、
「写真が撮れた」という経験が、
その人やご家族にとっての喜びや、自信につながっていく。
その瞬間に立ち会えること自体が、
私にとって大切な意味を持っています。
だからこそ&しゃしんかんは、
ただ写真を撮る場所ではなく、
人と人とが関わり合いながら支え合う、
“ピアサポートの場”でありたいと思っています。
小さな対話の積み重ねが地域をつくる
今回が初めての試みということもあり、
時間配分など至らない点も多々あったかと思います。
それでも最後まであたたかく見守ってくださった皆さまには、
感謝の気持ちでいっぱいです。
このような機会をつくってくださったYADORESIの皆さま、
ご協力いただいたおかむら笑店さん、
そしてご参加くださった皆さま、
本当にありがとうございました。
こうした小さな対話の積み重ねが、
地域の中で「知ってもらうこと」や、
つながりを少しずつ育てていくのだと感じています。
またどこかで、皆さんとお話しできる日を楽しみにしています。
